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* 医療法人社団ことぶき会
■ クリニック長坂
所在地・連絡先 広島県尾道市久保1丁目13−14
TEL:0848−37−5890
FAX:0848−37−5387
開設年月 昭和60年11月
院長 長坂晋
診療科目 内科
* 「敬老の日」に寄せて
 〜平成一揆のはじまり〜 「介護崩壊」前夜
 今年も「敬老の日」がやってきた。新聞紙上には在宅介護をめぐる事件−高齢者虐待、介護殺人、介護心中なる活字が泳ぐ。先日、山口地裁で介護殺人未遂の裁判員裁判が行われ、懲役4年の求刑に対して、介護疲れを理由に情状酌量され、保護観察付執行猶予4年となった。
 10年前、鳴り物入りで登場した介護保険制度が家族の介護負担を軽減していないのである。小泉改革の社会保障費抑制政策のもと06年の介護保険改定で「給付の抑制」、「予防重視」への方向転換により、要介護認定が低めに設定されたり、利用者が必要なサービスを受けられなくなったり、介護事業所の収益悪化と人材不足、介護スタッフも報酬カットと過労働に苦しめられている。
 かように、きつい、汚い、しかも低賃金を強いられている状況のため、若者が介護の世界に拒否反応を示し、全国の介護士養成校は、学生が集まらず、止むなく閉鎖に追い込まれている。平成9年、介護福祉科40名、社会福祉科40名で華々しく開校した尾道YMCA福祉専門学校の今年の卒業生は.16名、入学生は18名で、経営不能となりYMCAは撤退、来年から他の社会福祉法人が経営することになっている。開校当初の2年間、教壇に立ったが、教室を埋め尽くしたあの個性豊かなエネルギーは、どこに消えたのだろう。
 官僚の現場を見もせず、現場の人のことも考えず、「給付の抑制」のことのみを重視しパソコン相手に、はじき出された複雑なルール、報酬体系は国民のことなど眼中にない。
 さらに、医療費抑制のため、病弱な高齢者をケアする療育病床数13万をゼロに、医療療養病床数を25万から15万に減らされ、追い出された高齢者が十分な家庭介護を受けられないまま「介護難民」となる人は4万人といわれている。団塊世代が70才となる平成27年には二〇〇万人の「介護難民」が路頭に迷う可能性があるといわれている(大和総研の試算)。
 「介護給付の抑制」「人材不足」「介護離職」「介護疲れ」「介護事業所の破綻」「介護事件」「介護難民」これら新聞紙上を賑わす活字は、このままでは「介護崩壊」と予告している。

 医療費亡国論の誤解

 財務省は、日本総医療費34兆円(07年)が日本国を滅ぼすと言う。しかし総医療費には、給与から天引きされる医療保険料、患者の窓口負担金、市町村の負担金等が含まれ、国家予算83兆円の中から出資される国の負担分は約8兆円。これが高いか安いかは財務省でなく国民が判断することである。
 ちなみにGDPに占める国民医療費割合はOECD加盟30ケ国中、日本は22位(05年)。天下り先で元官僚に給与として支払われる税金は12兆6千億円らしい。まさに絶句である。

新政権のもとで

 さて、今回の衆院選で民主党が圧勝した。新政権のマニフェストの医療・介護の項には◎社会保障費2200億円の削減は行わない◎後期高齢者医療制度の廃止◎医師、看護師など医療従事者の増員◎ヘルパーなどの給与を月額4万円引きあげて介護にあたる人材の確保とある。
 これが実現できれば多少は明るくなる。もっとも小泉改革以前にもどっただけだが−。問題は官僚の抵抗である。国民を蔑視した明治以来のこの官僚支配は何とかならぬものであろうか。今こそ、国民一人ひとりが覚悟をもってスクラムを組み、閉塞感でタメ息するのも息苦しい官僚支配をぶっ壊さなければならないと思う。そういう意味では、われわれは平成一揆のスタートラインに立たされている。
 生きている間に、官僚による官僚のための政治の終焉を体験したいものである。

「山陽日日新聞発表の論文を引用」(2009年9月20日)
* 「敬老の日」に寄せて 大和文化を捨てていいのか
 今年も「敬老の日」がやってきた。政界は相も変わらず国民不在の茶番劇で騒々しいが社会保障抑制政策は淀みなく進んでいる。国民は老親の介護にくたびれ果て、病人は治ってもいないのに早期退院を迫られ、「効き目や安全性は先発医薬品と同じです」と今まで白眼視していた価格の安いゾロ薬品をすすめられ、姥捨て山制度と高齢者の怒りを買った後期高齢者医療制度は6月に参議院で廃止法案が可決されたが、厚労省は手を変え品を変え美辞麗句を並べて、この制度を死守しようとしている。すべて医療費削減のためである。
 公的医療費の削減、それに伴う自由診療の拡大、混合診療の解禁、株式会社による病院経営等、市場原理の導入はアメリカの保険会社や不動産会社の儲け口の餌食となる。バブル崩壊後、ハゲタカ資本が日本中を乱舞し、銀行や生命保険会社を屈辱的な安値で買収していったことは記憶に新しい。そして郵政省が管轄する簡保に目を付け、郵政事業は民営化された。次のターゲットは医療となるのであろうか。そうであるなら世界から総譜され羨望された、すべての人が平等に最新の治療が受けられる日本の国民皆保険が音をたてて崩れてゆく。民間の医療保険会社に十分な掛け金を払えない者は十分な医療、最先端の医療を受けられなくなる。当然、世界一を誇る平均寿命はアメリカ並の先進国最下位となる。お金持ちだけが生き残り、よりお金持ちが勝者となる。まさに拝金主義の世界である。
 日本には二千年以上かけて培った「情けをかけ、支え合い、共生する」という思想、文化がある。即ち、究極な落ちこぼれでも、厄介者でも、少々おかしくても、村中(地域)で支え、何とか一生を全うさせるというものであろうか。たとえ、かつて無条件降伏したとしても、たかが200年の弱肉強食ハゲタカ文化に大和文化を明け渡していいものだろうか。

 〜老後を安心して暮らせないような国はいらない〜 

 今春、高齢者の介護を担う介護福祉士養成校へ入学した者は定員の46%だったらしい。過労働の割に給与が少ないから敬遠されるのである。介護保険上での介護報酬が少ない故、十分な給与が支払えないのである。昨年、大手訪問介護事業コムスンが大赤字をかかえて倒産した本当の理由も国民は知っている。それでも、なお官僚は「国民や政治家は判断能力がないから」とうそぶきつつ、机上のパソコンで社会保障抑制のためだけの数字を叩き出している。明治以来の「官尊民卑」に腹立たしい。そういう中で、7月、博労省は社会保障に関する「5つの安心プラン」なるものを出してきた。要約すると、
 �々睥霄圓�活力を持って安心して暮らせる社会(65歳以上の継続雇用の支援、在職老齢年金制度の見直し、最低補償年金の検討)
 ��健康に心配があれば、誰もが医療を受けられる社会(産科・救急医らへの財政支援、医師数の増加)
 �Lね茲鮹瓦�子供たちを守り育てる社会(こども交付金創設、働く親への支援拡充)
 �で標�やパートなどで働くものが将来に希望を持てる社会(ネットカフェ難民の就労支援、日雇い派遣の原則禁止)
 �ジ�生労働行政に対する信頼の回復(厚労省の組織・業務の見直し)一読して、何をいまさらという思いが強い。しかも、5年間で一兆一千億円の社会保障抑制政策進行中樗どこからこのプラン達成の財源を持ってくるというのだろうか。
 官僚及び政治家は国民をナメきっているのである。そしてナメきられた国民は、汗水流して、セッセと税金を貢いでいる。健気なものである。
 もし未来に希望が持てず、老後を安心して暮らせないなら、そういう国はいらない。税金を払う必要もない。
 それにしても、財のない年金生活者よりも生活保護者の方が裕福であるような国が他にあるのであろうか。
 日本をこういう理不尽な、敬老心のない国にしたのは、一体、誰なのだろうか。

「山陽日日新聞発表の論文を引用」(2008年9月14日)
* 「敬老の日」に寄せて 〜コムスン去って「介護難民」〜
「敬老の日」に寄せて 〜コムスン去って「介護難民」〜
 今年も「敬老の日」がやってきた。世の流れが忙しいのか、年のせいなのか、一年がすぐ経ってしまう。
 小泉改革で医療・介護界は、公的に抑制され、深刻な事態が起こっている。流産しそうな妊婦のタライ回し、小児科医の不在、救急体制をとれない病院、地域の中核病院の倒産、等々。このままでは「日本医療の崩壊」間近とまで言われている。
 そういう中で、今年6月、厚生労働省は不正をしたということで、最大手訪問介護コムスンの全国にある1600ヶ所の事業所を指定打ち切り処分にした。その結果、コムスンを利用していた深夜帯の訪問介護サービスが受けられずに、いわゆる「介護難民」となる高齢者が多数でる恐れがあると報道された。
 もともと、コムスンは「いつでも、どこでも、24時間サービス」を前面に打ち出し、「ハローコムスン」のテレビコマーシャルと共に訪問介護事業を一気に全国展開した。勿論、尾道にもやってきた。
 夜間、深夜の訪問介護はつらい。危険防止のため二人体制を組む必要もある。午後6時から午後10時までの夜間の介護報酬は二人体制で5700円。午後10時から午前6時までの深夜の介護報酬は二人体制で6800円である。これではどうやりくりしても、夜間深夜出勤に見合う十分な人件費は出せない。多くの訪問介護事業所は経営に苦しんでいる。夜間深夜訪問介護の負荷は存続の危機となる。従って大半の訪問介護事業所は人手不足も相まって夜間、特に深夜の訪問介護はやっていないはずである。コムスンの夜間深夜訪問介護は市町村にとってありがたかったに違いない。コムスン撤退後、この夜間深夜訪問介護を介護保険制度の保険者である市町村が、どう解決してゆくのか興味深いものがある。
 コムスンは不正をしても、なお今期100億円を越える赤字を抱えたと聞く。「コムスン事件」の裏側には公的抑制による介護報酬の低さ、そのための人材不足などの構造上、政策上の問題が潜んでいる。
 現在、介護職員は100万人あまり。団塊の世代が65歳になる2014年までには、40万人から50万人の増員が必要だといわれている。介護報酬を上げ、待遇改善を急がないと、国民は生存するに必要な介護も受けられなくなる。年金、医療の崩壊も含め、こんな貧困な社会保障を受けるために、われわれは一心不乱に頭髪かき乱して働かされたのだろうかというのが、一団塊世代のボヤきである。
 何はともあれ、コムスンの親会社グッドウィルは、今頃、ほっと胸をなでおろしているだろう。なぜなら、もうビクビクしながら綱渡り的不正行為を強要することもいらないし、(ちなみに不正請求返還分は14億7500万円であった)今後持続するであろう巨額な赤字をもはや計上することもないのだから・・・。                                   

「山陽日日新聞発表の論文を引用」(2007年9月)
* 尾道市の地域医療、介護は光っている
尾道市の地域医療、介護は光っている
  「日本ホスピス在宅ケア研究会」という会がある。市民レベルで医療(特にがん)、福祉、在宅ケア、介護等について情報交換、講習、討論を行なっている。
 年一回、全国大会があり、今年は第16回目、千葉、幕張メッセで開催された。当初から、この会の運営にかかわっている関係上、今年も手伝いに行ってきた。
 全国からの情報を聞いていると、尾道市の介護保険制度の中味が一歩も二歩もすすんでいると素直に感じる。ひょっとしたら、過不足ないサービス量と運営効率は日本一かもしれない。この手の会に出席すると、何故、尾道市の介護保険はうまくいっているのかときかれる。この数年来、再々質問されるので次のように簡潔に答えることにしている。
 �.吋▲�ンファランスの充実。特に退院時ケアカンファランスは、病棟医、開業医はもちろん、介護用品のリース会社、居住区の民生委員まで、退院する本人、家族に今後かかわるであろう人、すべての人が参加する。その結果、病診連携、診々連携、多職種連携、チームワークが強固となり、スピーディかつ無駄のない十分なるサービスの提供ができる。
 �▲吋▲泪諭璽献磴亮体呂�ある。これによって効率的なケアプランと頻回のケアカンファランスが実現される。
 �H�道医師会の強力なリーダーシップとそれについてきた多職種の人材。
 うちに出来るだろうかと問われると、すぐにはむつかしい、多職種の意識統一、介護レベルの向上、均一化に膨大な労力と時間がかかり、しかもそれをやり遂げる強いリーダーシップが必要であると答えると、相手はウームと目をパチパチさせる。多職種をまとめ、よきチームワークを作ることにいかに苦労、困惑しているのが手に取るように分かる。
 また、医師不足、看護師不足でまともな医療が受けられない、救急車のタライ回しも致し方ない、がんの緩和ケアどころではないと切々と訴える地方が目立つ中で、尾道市にはすでに、がん拠点病院があり、救急体制もしっかりしている。特に、今回、尾道市民病院の夜間救急当直の不足に対して、市内の開業医でその不足を埋めていくという迅速な対応は、それでなくても地域医療が疲弊し、機能不全に陥っている多くの町が羨望のまなざしを向ける。
 国民の意思を無視した医療、介護、福祉切り捨て政策下で地域住民のために頑張る地方人とその町に幸多かれと言いたい。尾道の医療、介護は頑張っている。全国がそれを認めている。

「山陽日日新聞発表の論文を引用」(2008年7月)
* 「敬老の日」に寄せて 〜さらば土建国家〜
敬老の日に寄せて〜さらば土建国家〜
 今年もまた「敬老の日」がやってきた。各地で、増え続ける百歳以上の高齢者が表彰される。まさに長寿大国ニッポン。実にめでたきことである。

 ところで皆様は、平成16年、日本の医療水準、つまり国内総生産(GDP)に対する医療費の割合が、主要先進国(アメリカ、ドイツ、フランス、イタリア、イギリス、日本)の中で最下位になったのをご存知でしょうか。 

 又、9月8日付けの本誌で、尾道市民病院の外来患者が平成14年以降、患者の自己負担増で年々減少しているもののかろうじて黒字計上、全国の公立病院の6割以上が赤字経営との報道があった。そして、最近のニュースで散見するのが、産婦人科医の不足で自分の住む町で子供が生めない、小児科医がいなくて子供の急病に対する緊急体制が組めない、特に夜間は無医村状態になる。医療事故が多発し、全国1200の医療機関で年間18万3千件の「ヒヤリ・ハット」事例があるという。日本の病院のスタッフ数はアメリカの5分の1。日本の医療スタッフは忙殺されているのである。

 世界保健機関(WHO)が日本の保険医療は世界一と賞賛していたのに、どうしてこんなことになったのだろう。一部マスコミは、聖域なき改革のもとに医療費抑制をし、医療に効率と経済性を求めた結果だという。しかも医療保険に4000万人も入っていない医療貧困国アメリカの真似をして、混合診療、株式会社の医療参入、それに伴う民間医療保険への加入等で医療に市場原理が導入されると、金持ちしかまともな医療を受けられなくなり、日本人の健康は虫食まれ、いつしか「長寿大国ニッポン」どころか「医療離民」であふれるに違いない。

 人口が高齢化すれば疾病の量は増える。それが自然の理である。当然、医療費は増大していく。そういう原理原則を無視して、医療抑制政策や介護費用抑制策を続けることを国民は望んでいるのだろうか。

すべての国民は大病しても、がんに侵されても、障害者になっても安心しておれる良い医療と良い介護を望んでいるはずである。ならば、そういう国、システムを作るのが政治の役割であろう。すべての国民が望むものに、より多くの税金を使うべきである。

すべての国民が望むもの、それは弱者になったときの手厚い社会保障でる。人は皆、老い、衰え、弱者になっていく。

そろそろ土建国家(=利権国家)からオサラバしよう。                                        

「山陽日日新聞発表の論文を引用」(2006年9月)
* 「敬老の日」に寄せて 〜団塊の世代をどうする〜
山陽日日新聞掲載の論文
今年も、また「敬老の日」がやってきた。各地で高齢者が招待され、演芸や記念品贈呈、食事がふるまわれ、イベントが終わる。しかし、これ位の事は介護保険上の通所サービスや入居施設で日常的に行われている。しかも入浴サービス付きである。要介護認定を受けた人にとっては、毎日が「敬老の日」である。

厚生労働省によると、全国で九月末までに百歳以上になる高齢者は過去最高の二万五千六百六人。昨年より二千五百六十八人増え、その増加率は11%である。まさに「長寿大国ニッポン」。高齢者は、毎年毎年増えていき、所謂、団塊の世代が七十五歳以上となる二〇二五年頃、日本は高齢化のピークとなる。

昭和二十二年から昭和二十四年に生まれた戦後のベビーブーム、団塊の世代は八百万人、その前後に生まれた人を加算すると一千万人以上となり、実に、日本人口の10%となる。これらの人が物心ついた頃、日本は貧乏であった。青鼻を手でぬぐいながら、押し合いへし合いつつ、豊かさを求めて突っ走った。

マンガで育ち、受験ブームで過当競争の波に揉まれ、学園紛争で大暴れし、高学歴、学歴社会を作り、白黒テレビに映し出されるアメリカのホームドラマで、その豊かさにド肝を抜かれ、高度成長期の先兵としてモーレツに働き、ニューファミリーと呼ばれる男女平等、友達家族を作り、父親の威厳をぶっ飛ばした。日本が豊かになるにつれ、個人消費ブームを引き起こし、一時、JAPAN as NO1と言わしめ、バブルに加担し、バブル崩壊後は、長期不況を味わい、窓際族、リストラの憂き目にあい、そして間もなく定年退職となる。

戦後民主主義、金持ちニッポンを作るため砂ボコリをあげながら猛進した巨大な塊が、他の人に養ってもらう「従属人口」となってしまう。

団塊の世代は、戦後の日本が作り上げた必然的寵児である。エネルギッシュで自己主張が強く、個性豊かである。他人と同じ、横並びが嫌いである。そのくせ、大きくはみ出ることも好まない。日本を豊かにし、長寿大国にした先兵であるという自負がある。しかも多くの人が持ち家で、かなりの貯蓄もあり、年金ももらえる。即ち金持ち世代である。

こういう厄介な人達は、ケチった医療、官僚の胸三寸、算盤合わせで右往左往する介護保険制度、プライバシーのない画一的な狭い入居施設、お仕着せの福祉に満足するはずがない。

これから三十年、沈没しかかったニッポンは、この厄介な、海千山千の特大の塊を、どうケアしていくのだろうか。団塊の世代の一人として他人事ではない。(長坂晋)

「山陽日日新聞発表の論文を引用」(2005年9月)
* 朝日新聞の記事紹介
当社のヘルパーに支えられながら石段を下る佐野マツノさん(94歳)

当社のヘルパーに支えられながら石段を下る佐野マツノさん(94歳)

「2006年5月7日の朝日新聞より引用」